個人事業と会社設立どちらがいい?・ひとり起業Ⅰ

登場人物紹介
 
かなえさん
WEBデザインのベンチャー企業に勤める32歳の女性。
両親がふたば行政書士事務所に相続の相談をしたことがきっかけでいちと知り合いました。
起業の夢があります。

いち
ふたば行政書士事務所所長の行政書士。

※文中の赤字は専門用語です

かなえさんの起業

かなえ

資金の目途が立ったので起業の準備を始めたいと思っているんです。
いちさん、相談にのっていただけませんか?

いち

はい、起業のお話ならお役に立てると思います!

いち: 「かなえさんはどんな事業を考えているんですか?」

かなえ: 「WEBデザインの事業を立ち上げたいと考えているんです。
今の会社に勤めてからちょうど10年ですしいいタイミングだと思いました。
一人になりますから不安はあるんですが…」

いち: 「お一人での起業を考えているんですね。
それでは最初に考えなければならない事をお話ししましょう。」

個人事業と会社設立どちら?

かなえ: 「初めに考えなければならない事って何ですか?」

いち: 「最初に考えることは、会社設立をするのか個人事業で始めるのかです。」

かなえ: 「会社設立と個人事業…二つの違いを教えていただけますか?」

いち: 「会社を設立して運営をするのが会社設立です。
会社を設立する手続きは法律で細かく決まっていて、手間や時間、数十万程度の費用が掛かります。」

かなえ: 「起業は会社設立をするのが当たり前だと思っていました。
他のやり方もあるんですよね。」

いち: 「はい、個人事業です。
会社化せずに事業運営をするほとんどの場合は個人事業となります。
初期投資が少なくて済みますので事業を始めるまでのハードルは低いのですが、会社と比べて個人事業の信用度は低いといわれています。」

かなえ: 「個人事業はなぜ信用されにくいのでしょうか?」

いち: 「経営リスクが高いとみられるからです。
個人事業は会社と比べて資金面において不安があると考えられがちです。
さらには会社は労働法や会社法などの法律を守る必要がありますが、個人事業にはそのような制限がありませんのでコンプライアンスの管理も心配されます。
個人事業主とは取引自体をしない企業も少なくありません。」

かなえ: 「それならば信用のある会社を設立する以外の選択肢はないのではありませんか?
…やっぱり会社を設立を選ぶ方のほうが多いんでしょう?」

いち: 「そうとも言い切れないんですよ?
小規模事業者が会社設立と個人事業主のどちらを選んでいるかが分かるこんなグラフが経産省から発表されているので見てみてみましょう。」

小規模事業者における個人事業者数と法人数

かなえ: 「個人事業者の方が多いんですね…意外です。
なぜなんでしょうか?」

いち: 「大きな理由は税金でしょうね。
売り上げが一定額に満たない場合、個人事業の方が税金が安いんです。」

かなえ: 「そうなんですね。
例えば個人事業で始めて、売り上げが上がってきたら会社化するという事もできるんですか?」

いち: 「それを法人成りといいます。
売上が上がったら会社にすることは一般によく行われているんですよ。」

かなえ: 「なるほど。」

いち: 「では会社と個人事業の違いをもう少し詳しくお話ししていきましょう。
個人事業から説明していきますね。」

事業を個人事業で始める

いち: 「会社にせず事業を始める場合は個人事業(フリーランス)となります。
個人事業のメリットは自由な経営ができ、稼いだ利益を経営者が自由に使えるということです。
しかし限度なく事業で負ったすべての債務を背負うことになります。
下記に挙げる届け出をしたら個人事業は始められます。」

個人事業を始めるのに必要な書類

個人事業開業等届出書

提出期限:開業の日から一か月以内
提出場所:所轄税務署
提出方法:e-Tax・税務署持参・郵送
テンプレート:(国税庁HP)

事業開始等申告書(自治体によって名称が異なります)

提出期限:各自治体による(開業の日から10日以内等)
提出場所:所轄都道府県税事務所
提出方法:各自治体による
テンプレート:各自治体による

所得税の青色申告承認申請書

青色申告事業者になる場合のみ必要です。

提出期限:青色申告書による申告をしようとする年の3月15日まで
(その年の1月16日以後、新たに事業を開始した場合には、その事業開始等の日から2か月以内)
提出場所:所轄税務署
提出方法:e-Tax・税務署持参・郵送
テンプレート:(国税庁HP)

いち: 「青色申告承認申請書は任意ですが、所得の申告を青色申告で行うと所得から最高65万円が控除されるようになります。
さらには配偶者に支払う給与を必要経費に算入することができるようになり、赤字分を前年や翌年の所得から差し引くこともできます。
個人事業主にはぜひ提出していただきたい書面です。」

青色事業専従者給与に関する届出書

青色申告事業者の家族従業員(青色申告事業専従者)を置く場合のみ必要です。

提出期限:青色事業専従者給与額を必要経費に算入しようとする年の3月15日まで
(その年の1月16日以後に開業した人や新たに専従者がいることとなった人は、その開業の日や専従者がいることとなった日から2か月以内)
提出場所:所轄税務署
提出方法:e-Tax・税務署持参・郵送
テンプレート:(国税庁HP)

事業を会社で始める

いち: 「まずは会社にどのような形態があるのかをお話しします。」

株式会社

株式発行によって資金調達をして運営します。
株式に議決権が付く場合は議決権を行使することで経営に参加することも可能になります。
株式の上場ができれば多くの資金を集めることができますので事業を発展させやすくなります。

有限会社

2006年の会社法施行時に制度が廃止され、今は新たに有限会社をつくることはできません。
現在ある有限会社は会社法施行以前に設立されたもので法律上は特例有限会社といって株式会社とほぼ同じ扱いになっています。

持分会社

合名会社、合資会社、合同会社三つの会社の総称です。
持分会社のメリットは、会社の持ち主と経営者が同じなので意思を反映しやすくスムーズな経営ができるということ、株式会社のような細かな設立要件がないので設立が比較的容易な上に設立費用が安いということです。
合同会社はアメリカのLLC(Limited Liability Company)がモデルになっていますので日本版LLCとも呼ばれています。

いち: 「2005年成立の会社法で有限会社が廃止されて持分会社が定義されました。
実は誰もが知っているamazonやappleも合同会社なんです。
意思決定が簡潔で、株式会社を規定した日本の法律に縛られずに経営ができるということが理由のひとつかと思われます。」

かなえ: 「持分会社って3つあるんですね…それぞれの違いはなんですか?」

いち: 「出資者の責任の範囲が大きく違うんです。
また会社法上の社員とは、会社の従業員のことではなくて出資者のことをいいます。」

 会社名 責任の範囲
 合名会社  無限責任社員のみ
 合資会社 無限責任社員+有限責任社員
 合同会社 有限責任社員のみ

かなえ: 「この場合の責任とはどんな意味になるんですか?」

いち: 「無限責任社員は会社が負債を負った際に出資した額を超えて出資者が全ての債務を負担することになります。
対して有限責任社員は出資範囲内での返済で済みます。
有限責任社員で構成されている合同会社や株式会社は、個人で大きな負債をかかえることがありませんので会社を潰してしまった際に再起をするのが容易であるといわれています。」

かなえ: 「有限責任があるならわざわざ無限責任の会社で始める必要はないようにも思えますね。」

いち: 「ちょっとややこしいのですが、有限責任といっても金融機関から資金を借りるときに経営者が法人の連帯保証人になることを求められることがあります。
その場合には会社の借金ではなく個人の借金になるわけですから、当然支払い義務が生じるという事になりますね。」

※連帯保証人は借主保証人どちらにも請求可能

かなえ: 「そんなに甘くないってことですねー…
わたしにはまだ信用がないので、形式だけで信用が得られる会社設立に気持ちが傾いています。
特に株式会社と合同会社が気になるんですが…
信用を取るならば株式会社、設立費用の安さや手続きの容易さ、小回りの良さを考えるなら合同会社という理解で合ってますか?」

いち: 「はい、そう考えていいと思います。
さらに加えると一般的に株式会社は持分会社に比べて融資が受けやすいといわれています。
将来の事業拡大を想定しているならば株式会社の方がいくらか都合がいいのかもしれませんね。」

まとめ

かなえ: 「うーん、一人で事業をやるんですから小回りの良さは必要ありませんし、設立時の資金は用意ができていますので、会社を設立するのならば株式会社の方がよさそうですね。
個人事業はやっぱり信用やら保護がないのが気になりますね。」

いち: 「迷う気持ちはよく分かります。
日を改めてもう少し説明を続けましょうか。」

かなえ:「ありがとうございます!
次は株式会社を設立した場合のメリットとデメリットを教えていただきたいです。」

いち:「了解しました!
その理解はとても重要ですからね。」